大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ラ)492号 決定 1967年11月14日

抗告人 紀野実 外一名

債権者 殖産住宅相互株式会社

債務者兼所有者 松本貫

主文

原決定(再度の考案に基くもの)を取り消す。

抗告人らが別紙目録<省略>記載の建物に対してした最高価金八六五万五、〇〇〇円の競買申出に基き、右建物の競落を許可する。

理由

抗告人らの本件抗告の趣旨及び理由の要旨は、次のとおりである。原裁判所は、再度の考案に基づき、昭和四二年六月二九日附で本件競売手続は不適当な評価額を以て最低競売価額とした違法があるとして、原競落許可決定を取り消し、競落を許さない旨の決定(以下原決定という)をなした。しかしながら、原決定には次のような違法がある。(一)、原決定には、最低競売価額が何ゆえに不適当であるかについての理由説示がなされていないので判然としないが、もし原決定が、本件につき定められた最低競売価額が不当に低額であるとの理由で、これを不適当と断定したものとすれば、もともと最低競売価額が不当に低額であるということだけでは競売法第三二条第二項によつて準用される民事訴訟法第六七二条、第六八〇条、第六八一条に挙示のいずれの異議事由にも該当せず、競落不許の原因となるものとは解せられないから、原決定は違法というほかはない。(二)、尤も、その敷地につき法定地上権の成立すべき建物の競売については純建物価額に法定地上権の価額を加算して建物の最低競売価額を決定すべきであり、純建物価額のみを以てする最低競売価額の決定は妥当ではないといわなければならないが、本件競売の目的物件たる別紙目録記載の建物(以下本件建物という)につき本件競売申立の基本たる抵当権が設定された昭和四一年二月一六日当時、その敷地である同目録記載の土地(以下本件土地という)は本件建物の所有者である債務者松本貫の所有ではなくて訴外伊土シナの所有であつたのであるから、本件建物の敷地である本件土地については法定地上権の成立すべき余地はない。そればかりでなく、債務者松本貫はもと本件土地の所有者であつたところ、昭和四〇年七月二三日伊土シナから金三〇〇万円を借り受け、その担保として本件土地につき停止条件附代物弁済契約による所有権移転の仮登記及び抵当権設定登記を経由し、その際、本件土地上には建物その他の工作物を築造しないことを約していたにも拘わらず、右約定に反し本件建物を建築したものである。したがつて、債務者松本貫は伊土シナに対抗し得べき何らの権原もなくして本件土地上に本件建物を所有しているのである。しからば、たとえ本件建物の最低競売価額が純建物価額を基準として決定せられたものであるとしても、右最低競売価額の決定は何ら違法というべきではない。よつて、原決定を取り消し、さらに相当の裁判を求める。

よつて按ずるに、本件記録によれば次の事実が明らかである。すなわち、原裁判所は本件建物の最低競売価額を定めるに当り、不動産鑑定士丸橋達司をして本件建物の価額の鑑定をなさしめ、同人の鑑定評価額どおり本件建物の最低競売価額を金一、〇六八万六、〇〇〇円と定め、昭和四一年一二月二日の競売期日に本件建物の競売を実施せしめたところ、右期日に競買の申出をなす者がなかつたので、右最低競売価額を一割方低減して金九六一万七〇〇〇円と定め、競売期日を昭和四二年二月一〇日と指定したが、債権者殖産住宅相互株式会社から右競売期日の変更申請がなされたため、右期日には競売を実施しなかつた。そこで原裁判所は新に競売期日を同年四月七日午前一〇時と指定し右低減された価額により競売を実施せしめたが、右期日にも競買を申し出る者がなかつたので、更に一割方低減した金八六五万五、〇〇〇円をもつて最低競売価額と定め、競売期日を同年五月一九日午前一〇時と指定して競売を実施せしめたところ、抗告人ら両名が訴外朝倉宏を代理人として金八六五万五、〇〇〇円の最高価競買の申出をなした。原裁判所は、同月二六日の競落期日において、抗告人ら両名に対し右金額で本件建物の競落を許可する旨の決定を言い渡したところ、債務者松本貫から右競落許可決定に対し即時抗告の申立がなされたので、同年六月二九日付で再度の考案に基き、本件競売手続は不適当な評価額を以て最低競売価額とした違法があるとの理由で上記競落許可決定を取り消し、抗告人ら両名の競落を許さざる旨の原決定をした。

案ずるに、競売法第二八条が鑑定人をして競売に付すべき不動産を評価させその評価額を以て最低競売価額となすべき旨定めたのは不動産の価額を相当に維持し、不当に安価に競売されることを防止する目的に出たものである。したがつて、鑑定人の評価額が不当に低額なものであるに拘わらず、裁判所がそのままこれを採用し競売物件の最低競売価額となしたときは、結局において競売物件の評価を誤り、正当に最低競売価額の評価をしなかつたことに帰するから、かかる不当な評価に基づく最低競売価額を以てする競売期日の公告は不適法であつて、競売法第三二条、第二九条、民事訴訟法第六七二条第四号に該当し、競落はこれを許すべからざるものと解すのが相当である。

そこで、本件につき原裁判所の定めた本件建物の最低競売価額が相当であるかどうかについて判断する。原裁判所が鑑定人丸橋達司をして本件建物を評価せしめたところ、同鑑定人は本件建物を金一、〇六八万六、〇〇〇円と評価したことは、上記のとおりである。しかして、本件記録によれば、本件建物は債権者殖産住宅相互株式会社が建築した上、昭和四〇年一月二〇日債務者松本貫に給付したものに係るところ、その給付代金額は金一、二六〇万円であること、本件建物の昭和四一年度固定資産評価額見込額は金九五八万六、四六〇円であること、本件建物は、上記鑑定人が鑑定評価を行つた昭和四一年九月二六日当時、管理不備に基づく破損個所が存したばかりか、工事施行上の不備から雨もりの個所も見受けられたこと、上記鑑定人は本件建物の所在位置の環境、本件建物の構造ならびに前記破損、雨もりの点、その他本件建物の固定資産課税標準額などを参酌して、上記のとおり本件建物を金一、〇六八万六、〇〇〇円と評価したが、右評価に当り、本件建物の敷地の利用関係(法定地上権または敷地利用権の存否)についてはなんらの考慮を払わなかつたことが明らかである。右の事実によれば、上記本件建物の評価額は少なくとも本件建物自体の純建物価格の評価として正当なものであると認めるのが相当である。もつとも、建物の最低競売価額を決定するに当つては、純建物価格に法定地上権または敷地利用権の価格を算入して評価すべきではあるけれども、本件記録編綴の建物登記簿謄本および土地登記簿謄本の各記載によれば、本件土地は、もと債務者松本貫の所有であつたが、昭和四一年一月二一日代物弁済により伊土シナの所有に帰し、同月二四日同人名義に所有権移転登記が経由されたものであつて、本件建物に対し債権者殖産住宅相互株式会社のため本件競売申立抵当権の設定登記されたのは同年二月一六日であることが明らかであるから、本件建物の競落によつて本件土地につき法定地上権を生ずべき余地はないというべく、しかも前記土地登記簿謄本、抗告人ら提出に係る念書と題する書面二通(記録一一六丁、一三六丁)の各記載によれば、債務者松本貫は昭和四〇年七月二三日本件土地外一筆を担保として伊土シナから金三〇〇万円を借り受け、同月二四日本件土地につき伊土シナのため停止条件付代物弁済契約を原因とする停止条件付所有権移転の仮登記を経由したが、その際、本件土地については建物その他の構築物を建築しない旨約しているばかりか、本件土地の所有権が上記のとおり伊土シナに移転した後においても、同人から本件土地につき建物所有を目的とする地上権、賃借権等の設定を受けていないことが認められるから、上記鑑定人の評価を採用してこれを本件建物の最低競売価額となした原審裁判所の措置は相当であつて、他に右最低競売価額が不当に低きにすぎるものであることを肯認せしめるに足る資料はないし、また、原裁判所が上記の如く二回に亘つて右最低競売価額を一割方づつ順次低減した措置も妥当なものと認め得る。

しからば、本件競売手続においては、不適当な評価額をもつて最低競売価額とした違法はないというべく、記録を精査しても他に競落不許の事由あることを見出すことができない。それ故、原裁判所が再度の考案に基づき、さきになした競落許可決定を取り消し、本件競落を許さざるものとなしたのは違法であつて、原決定は取消を免れない。ところで本件のごとく競落許可決定に対し抗告の申立がなされ、原裁判所が再度の考案に基いて右決定を取消し競落を許さずとの決定をしたときは、当初の競落許可決定が失効するのは勿論、右抗告も目的の到達により当然終了し、抗告審において再度の考案に基づく決定が取り消されても、原競落許可決定は復活しないものと解するを相当とするところ、本件競売手続には、上記のとおり、競落を不許可とすべき事由は存しないのであるから、本件建物の競落を許可すべきである。

よつて、原決定を取り消して抗告人ら両名の競買申出に対し本件建物の競落を許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 兼築義春 高橋正憲 鈴木醇一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例